2006.01.01
どうなる? 外食業界の人材雇用の行方[外食レストラン新聞(日本食糧新聞社)]
■急激に変化するP/A採用の状況
外食業界には、ここ数年これまでにないほどの人材不況の波がじわりと押し寄せている。
統計的なデータではないが、過去2~3年ほどのあいだに、首都圏において個人店から100店舗以上のチェーンにいたるまで、「P/A(パート/アルバイト)の求人募集に対する応募率が大幅に低下している」という飲食店の声を数多く聞く機会があった。これまでこうしたP/Aの求人募集では、たとえ応募者数が少ないといっても、それは「想定していた人数よりも応募がかなり少なかったため、採用者数は何とか確保できたが、あまり選択の余地がなかった」といった状況が通例であった。しかし一昨年あたりから、これまでと同様の求人媒体を使い、これまでと同等以上の費用をかけて募集を行ったにもかかわらず、「応募が数人しかない、あるいは募集期間中にまったく応募がない」、つまりゼロ採用であったという例が非常に多くなってきているのである。
ご存じの通り、外食業界では「新規店舗のオープン時は最もP/Aが集まりやすい」というのが常識だ。既存店の場合、すでに勤めている先輩格のP/Aスタッフが存在するため、自分より年下の先輩に仕事を教わらなければいけないなど、新しく応募するP/Aにとって人間関係や業務経験に関する不安材料が多い。しかし新規オープンの店舗であれば、応募してきた全員が同じところからのスタートとなるため、特に飲食店の勤務経験者にとっては応募のハードルが低くなるからだ。
そのため、既存店の募集でありながら、わざわざ「リニューアルオープンにつき大募集!」とうたって求人広告を打つ、といった手法は業界でもしばしば用いられてきた。だが、最近はこうした「新規オープン」の募集ですら応募が大幅に少なくなっていると多くの経営者は口を揃える。特に都心部などではこうした傾向が顕著に現れているようだ。
図1を見ていただきたい。これは、総務省が発表している2000年度の人口ピラミッドであるが、ご覧の通り、すでにわが国の人口ピラミッドは三角形の「ピラミッド」のかたちをなさなくなっている。若年層の人口減少が激しいため、いわゆる団塊の世代と、その子供を中心とした団塊ジュニア世代をピークとした、スルメイカのようないびつな形状になってしまっているのだ。この統計年度よりも5年ほど経過している現在では、さらにその傾向は顕著であり、人口が最も多い年代はおよそ58歳前後と32~3歳前後になると計算される。
つまり、これまで外食業界がP/Aにおける主力の人員として想定してきた10代後半から20代半ばという世代は、もはや人口が大幅に少ない非常に貴重な年齢層になりつつあるのである。
こうした状況の中で、これまでのように安易な求人募集の方法や雇用条件の設定、そして「ウチのやり方に耐えられる者だけが残れば良い」といった高飛車なスタッフ育成の手法では、多店舗展開を支えるだけの数多くの店舗スタッフを確保することは難しくなるに違いない。また、採用や育成の方法論の面だけではなく、ターゲットとする人材自体の設定も、従来のような若年層主体から、主婦層やシルバー世代、そして外国人労働者にいたるまで、その幅を広げる必要に迫られるであろうことは明白である。
もはや、「今回は応募が少なく、良い人材もいなかった。次回に期待しよう」などと悠長なことを言っていられる時代ではなくなってきたのである。
■流動化が進まぬ外食の正社員雇用
それでは、店長や調理長、あるいはチェーンの本部要員といった正社員の採用に関してはどのような状況なのだろうか。
人材ビジネスの業界では、すでに90年代の後半から規制緩和が進み、多くの新規事業者が参入して様々なサービスを展開しているが、外食業界は人材ビジネス業界にとって将来有望なマーケットではあっても、決してうま味のある市場であるとは言えないのが現状だ。
人材ビジネスは、大きく分けて人材紹介業と人材派遣業、そして求人広告などの人材情報提供サービスなどに分類される。外食業界は企業による求人のニーズが多く、また縮小しつつあるとは言え25兆円以上の売上規模を持つ大きな業界であるが、その大多数は中小零細の個人経営であり、求人ニーズの多くは店長や調理長などの正社員を除けば、時給制のパートタイマーである従業員の募集が中心となっている。平均的な給与水準は決して高いとは言えない割りに職務経験を踏まえた専門性を求められる特殊性を持ち、しかも職務内容が業界内で標準化されていないため、経験者が転職するにあたって、いちから新しい企業のやり方をマスターしなければならないケースが多く人材が流動化しにくい。
たとえば、人材ビジネスの規制緩和にともなって、大幅に人材の流動化が進んでいるIT 業界と外食業界を比較してみよう。IT業界もまた、外食業界と同じかそれ以上に実戦的な専門性を求められる業界ではある。しかし業務の内容は業界内である程度標準化されているため、同じ分野の技術者であれば、転職先の会社で翌日から打合せに参加して仕事を進めることも不可能ではない。また、業務の効率化が進み比較的生産性の高い業種であるIT業界では、中小企業であっても少数精鋭で大きな売上を上げている企業も多く、能力の高い人材に充分な報酬を約束したり、人材の採用にコストを掛けることができる。さらに、IT業界の人材はインターネットを通じて求人求職の情報をやり取りすることが一般的であるため、情報の流通にも幅広く多くの人材にアクセスすることが可能となっている。
こうしたことが、IT業界の人材の流動化を促進し、優秀な人材が必要とする企業へとキャリアアップしながら業界全体の人材が活性化するという方向に向かっているのだ。ひるがえって外食業界では、大手チェーンのごく一部を除いて、業界内の業務は標準化されているとは言えず、メニューの内容や機器の使い方はもとより、店舗の運営方法、帳票の扱い方など一通りの作業を修得するだけでも何日も必要になる。中小店の現場の店長や調理長などが人員を掌握し、店舗をコントロールするには場合によっては1ヵ月近くかかってしまうこともあるだろう。ハードな作業である割りには高い報酬は望めない場合が多く、企業内で出世するよりも、将来は独立して経営者になることを自らのモチベーションとする従業員が多いなど、企業内に優秀な人材が育つ土壌もできにくい。また、インターネットやパソコンの取り扱いに不馴れな人材が多く、求人求職情報の流通にも活字媒体などを用いなくてはならない状況だ。
新興チェーンなどからスタートした一部の若手の中には、人材紹介会社を活用してキャリアアップする者も出始めているが、大多数の現場スタッフは、人材ビジネスが発達した今日でも、従来通りの「過去の人脈による紹介」や「求人誌による募集」を頼りに転職している。もちろんP/Aに関して言えば、店舗運営の中心的な人材として必須であるにもかかわらず、低水準な時給ベースの雇用環境により人材サービス企業などが関与する余地がないというのが実状なのだ。
■これからの外食業界の人材対策
こうした状況の中で、今後の外食業界の人材対策としては、どのような視点が考えられるであろうか。
まず、チェーン化を目指す多くの外食企業にとっては、教育およびキャリアプログラムの見直しと再構築が迫られるに違いない。前述したように、学生やフリーターといった若年労働者を中心とした従業員構成では、これからの外食チェーンに必要な従業員数の確保は難しいため、今後は主婦層や外国人の雇用を前提とした仕組みに変化させていく必要がある。大手外食チェーンではすでにP/Aとして主婦を雇用している企業は多く、居酒屋チェーンや中小店などではアジア系外国人の雇用も急激に増えている。しかし、こうした人々を充分に活用し、教育トレーニングによって幹部候補を育成していくような仕組みづくりが行われている企業はまだ決して多いとは言えないだろう。さらに、今後の人口構成を考えたときには、定年後のシニア世代の再雇用というテーマも欠かすことはできない。シニア世代は体力的な問題から、ハードな肉体労働を強いられる外食業界ではこれまで積極的な雇用の対象から除外されてきた。しかし、シニア世代の豊富な社会人経験は、ホスピタリティを売り物にする外食業界にとってマイナス要素ではない。肉体的にハードな作業ではなく、客席案内やレジ会計、クレーム処理などのような職種で、シニア世代の経験と知識が発揮される場面は決して少なくないはずだ。
そして、こうした雇用対象の拡大にともなって最も大きな問題となるのが、このように多種多様な人材を使いこなさなければならない店長のマネジメント能力の向上である。20代後半から30歳前後の店長が自分より若い世代のP/Aを使うのであれば、兄貴分のような立場でスタッフをまとめていけば良かっただろう。しかし、主婦やシニア世代、外国人などが入り乱れる職場を切り盛りする場合は、そのようなやり方は恐らく通用しない。そこで店長自身のマネジメント能力を高める教育プログラムや、本部のバックアップ体制、そしてより年齢の高い世代を店長として登用できる仕組みづくりなどが不可欠になると考えられる。
さらにもうひとつ、今後の外食企業の人材対策を考える上で欠かすことのできない視点は、根本的に小人数で運営できる店舗の仕組みづくりだ。そもそも、低コストでクオリティの高い料理を提供する仕組みづくりに勢力を傾けてきたファミリーレストランやファストフードのチェーン企業の多くは、小人数で常に一定のレベルのメニューを提供する仕組みはすでにできあがっている。しかし、接客サービスの分野では単純に人数を減らすことで効率化を達成することは難しい。テーブルサービス業態であれば、人数の減少により確実に顧客へのサービスレベルが低下してしまうからだ。このような状況を打開するためには、「テーブルサービスを止め、顧客自身によるセルフサービスへ移行する」こと、そしてその「セルフサービスをスムーズに稼働させるための機器類を開発し導入する」ことが大きな課題となるに違いない。実際に、ファミリーレストラン各社が導入している「ドリンクバー」や、低価格コーヒー店チェーンの「カウンター販売方式」は、こうした省力型オペレーションの先駆であると言える。
昨年末に、発売後2ヵ月ほどで40万部を売り上げた「下流社会」というベストセラー新書により、「下流」というキーワードが大きく浮上した。団塊ジュニア世代を中心に、「労働意欲や学習意欲だけではなく、コミュニケーション能力も低い人々」が増えつつあるという警鐘である。こうした時代の流れの中で、人材の優劣が店舗の実力に直結する外食業界は、どのようなかじ取りが迫られるのか、その動向が注目される。